tech venture business » Archive of '11月, 2006'

“競合がいない”はずはない

今日はもしかしたらクライアントとして引き受けることになるかもしれない、あるベンチャーの競合状況の分析に取り組んでいました。というのも戦略的M&Aにおいては対象となるベンチャーがいかに差別化された何かを持っているかが重要なポイントの一つだからです。

この競合に関して日ごろ気になっていることが。それはベンチャー企業に質問した際に、”Well…um…there is no real competitor.”(特に競争相手と呼べる企業がない)という返答にかなり出会うということです。この返答、一言で言うと、良くないです。アドバイザーであれ、VCであれ、潜在顧客であれ、この返答を「危険信号」ととる人は多いと思います。なぜなら、この返答は、①そのマーケットが存在しない(誰も欲しがっていない)、②無知か無謀かリサーチもきちんとできていない、③競合相手に劣るため嘘をついている、のいづれかに聞こえるからです。

競合というのは様々な角度、切り口、縮尺で見ることができるもので、全く比較する相手がいないというのは基本的にはあり得ません。

もし相手を怖気づかせないためだけにこのような返答をしている場合は、上記の理由で逆効果なのでやめましょう。非常に良いものを持っていたとしても、この一言の為にあらゆることに対して信憑性を疑われることにもなりかねません。

いやいや本当に新しい誰もやっていないことをやっているのだ、と反論されるかもしれませんが、「競合」という言葉がしっくりこないのであれば何らかの「比較対象」として考えてみてください。何かしらあるはずです。万が一、それでも比較対象が全くない場合は、顧客を得るにも相当にしんどい布教活動が待ち受けていることでしょう。人は自分の知識に照らし合わせて何かを理解しようとするものです。何の例えもなしに斬新なコンセプトを理解させるのは非常に困難なのです。

ではどのように競合を示すのが良いかというと、その聴衆に適したレベルで、客観的に説明することです。様々な切り口を示し、自社と他社がある問題に対してどのように違うアプローチをとっているのかを説明し、自社のどの部分がどの様に優れているのかを納得させるのです。

例えばアドバイザーやVCに向けてであれば、直接の競合としてはxxx、法人マーケットしかも金融業に限って言えばyyy、プロダクトAのこういった側面に関してはzzz、等なるべく多角的な視点で説明すると良いでしょう。こうすると、良くマーケットを見ているな、よく考え抜かれたアプローチだな、それでいてこれ程の自信があるということは本当に優れているかもしれない、というポジティブな反応を得られることが往々にしてあるはずです。分かりやすく表やチャートにまとめるなどすると、更に理解度は深まり、好印象です。

その様にして比較する際に、特に注意すべきことは、比較基準が客観的で且つ顧客の立場から見て重要なものであるべきだという事です。マーケティングのペーパー等で自社が優れて見えるように恣意的な基準で比較された小さな表がある場合がよくありますが、これも多くの場合逆効果です。大抵の人は「なんか怪しい」と気づくものです。そもそも顧客が知りたいポイントで比較されていなければ説得材料にもなりませんし、とにかく嘘っぽい。何か隠しているなと疑ってかかりたくなります。

他社が優れている点、自社が優れている点の双方を客観的に示したほうが信頼性がありますし、その上で自社の強みを強調し、弱みを克服する新しいプロダクトの計画を説明する等すれば効果的な説得材料になると思われます。エンドユーザーに対しては客観的であり且つ効果的に見せる方法は工夫次第で色々とあるものです。

いかに見せるかというのも重要ですが、様々な角度で正直に競合分析をすることは自社の戦略を考える上で大変重要です。型どおりのセールスピッチを日々繰り返しているとそれを信じ込むようになって、多角的で客観的な視点を忘れてしまうことがあります。成長の様々な段階でフレームを変えズームを変え、色々な角度から自社の置かれている環境を分析してみる必要があるのではないでしょうか。

今週はこれにて。来週は早いものでもうThanksgivingですね…。

起業家と外国人の相関

先日の記事(国境を越えるには)でちょっと触れたアメリカの労働者ビザ・移民問題に関して起業という視点からの面白いレポートが発表されたのでお伝えしたいと思います。NVCA (National Venture Capital Association)が主体となってまとめたもので、特にテクノロジーベンチャーにおいて移民の果たす役割がいかに大きいかを示し、議会に労働者ビザ(H-1B)及びグリーンカード発給の緩和を訴えるのが目的です。

これらに対する規制は近年ナショナリズム的な方向から厳しくなっており、外国人がアメリカ企業で働けるためのH-1Bビザの発給枠*(詳しくは記事末尾の注釈をご参照のこと)の緩和と雇用をベースとした永住権の発行の迅速化というのは関係者には大きな問題となってきました。これに対して、例えばビル・ゲイツが優秀な人材を確保できないとしてこの制度を批判し改善を求めるなど、大企業の側からの反発はしてきましたが、ベンチャーコミュニティーの側からこのような数値的な説得材料をもって行うことは初めての試みです。

調査は1970年以降で過去にVCからの投資を受け現在は上場している企業、及び現在VCの投資を受けている非公開ベンチャー企業を対象としており、買収や合併された企業或いは上場廃止になった企業は除いています。 以下要点をいくつか。

①過去にVCからの投資を受け現在は上場している企業

・過去15年間、その内25%は移民によって起業されている
・その内ハイテクメーカー関連に限れば40%は移民によって起業されている
・その内現在大企業になったものにはIntel、Solectron、Sanmina-SCI、SunMicrosystems、eBay、 Yahoo!、Google、UTStarcom、Cadence Design Systems、PTC、Juniper Networks、Nvidia、WebEx等が挙げられる
・時価総額の合計は$500 billion強であり、アメリカ国内で22万人、世界全体で40万人を雇用している
・アメリカに起業のために来たという場合は非常に少なく、大概は子供の時に、大学院への留学として、或いはアメリカの企業に雇用されたH1-Bビザ保持者として入国している
・企業家は世界各国から来ているが、トップはインド、イスラエル、台湾である
・本拠地はカリフォルニア州がトップである

②現在VCの投資を受けている非公開ベンチャー企業

・その内ハイテク関連の47%が移民によって起業されている
・66%はこれまでにアメリカで他のベンチャーを立ち上げた或いは今後そうするつもりである
・最も移民起業家の多いセクターはソフトウェア、半導体、バイオテックである
・起業家の出生地はトップから順にインド、英国、中国、イラン、フランスである

アメリカ総人口に占める移民の割合(1980年5%、1990年6.7%、現在8.7%)に比すると、テクノロジーベンチャー起業における移民の多さは特筆すべきものであり、アメリカの技術最先端しての地位、経済力、雇用創出に対して多大な貢献をしていることを見逃してはならない。

①の企業一覧のサマリー版をのせておきます。Immigrant-Founded Compaies
本レポート全体はこちらでどうぞ。

このレポートの「移民」の定義がイマイチ不鮮明だったりと欠点もあるのですが、こう改めて数字や企業の一覧をみるとほーと思いますね。買収されたベンチャーや上手く行かなかったベンチャーはカウントされていないので、これらを含めると割合は更にあがるのでしょう。NVCA プレジデントのMark Heesen氏によると、27名のNVCA役員の意見ではシリコンバレーに限れば現在VCの投資を受けている非公開ベンチャー企業の割合はおそらく80%に近いくらいだろう、とのことです。まさしく移民なしにはこの繁栄は成り立ちません。特にシリコンバレーの発展は、優秀な人々を世界中から集め、その人達が起業家として成功し得るインフラを出身国によらず能力に対して平等に提供するというところに由来します。アメリカンドリームはある意味いまだに健在です。

ではなぜ移民に起業家が多いのか。その理由の一つとしてレポートではそもそも違う国にいって何かを学んだり成し遂げようという気概のある人やそういう家庭環境で育った人には知性、モチベーション、根性の点で優れているということが挙げられています。他には外者ゆえに違う視点でものをみることがおそらく多いということが挙げられるのではないでしょうか。あとはエスタブリッシュメントに通じる古くからのコネがないとか…

頭脳を海外から集めることで国力を養うというこのアメリカの政策は中々上手いものがあります。確かに国内の軋轢をマネージするのは難しいのですが…。但しこのビザ制度が改善しないと、大学・大学院で教育を受けた或いはこちらで数年働いた優秀な人材が自国に戻って起業するという現象が更に増えることが予想されます。中国での例が良く聞かれますが、自国での起業家インフラが更に整ってくれば尚更でしょう。そうなると外国人を教育するだけでそのリターンが国に反映されず、アメリカにとっては強い敵を増やしてしまうことにもなりかねません。

それにしても、一国の人材に頼って経済力を維持成長させることはやはり難しいのだろうか、と考えさせられますね。高齢化が進む日本、人材についてそろそろ本気で考えなくてはいけない頃だと思うのです。サポート業務の為だけの外国人雇用ではなく、社会の中枢への取り込みを。 大リーグ然り、いいプレーヤーは多少の苦労があっても自分のやりたいことを実現するのに最適な場所へ流れて行くものです。

日本が起業家や女性を応援する環境を更に良くして、国の経済力、市場としての魅力を保っていけるのか、はたまた、アメリカがビザ規制を緩和してより多くの日本人起業家がこの地を目指すことになるのか、或いは他の国が更に良い仕組みを提供するのか… 一体どうなるのでしょうね。 難しい問題です。

*H-1Bビザ

1990年に始まった専門職用のビザの仕組みで最長6年間有効。2001年から2003年には年間発給数が195,000だったのが、テロの影響、不法就労者の影響、オフショアへのアウトソースといった産業空洞化問題、などの様々な影響によりナショナリズム的な反発を受け、2004年に一気に 65,000と3分の1に削減されて今に至る。毎年10月1日からのサイクルで審査・発給が行われるが、需要数は遥かに65,000を上回っており、数ヶ月というかなり早い時点で発給数(またはそれに応じた応募数)に達してしまい審査が翌10月以降に延ばされるという事態が続いている。これは雇用者がスポンサーとなって請願するビザのため、就職が決まってから行われるが、場合によっては雇った人がアメリカで働けるようになるまでに1年近くかかってしまうこともあり、大企業でその雇った人の国にオフィスがある場合はそこで暫定的に働かせることなどの処置ができたとしても想定プロジェクトが遅延したり、或いは待てないとのことで雇用が破棄されたりと、かなりの影響が出ている。ベンチャーがアメリカで子会社を立ち上げたとしても、こういった事情で自国から社員を異動するのも容易ではない。